メニュー
アーカイブ

廃墟の魅力についてニワカながらに語る

  • URLをコピーしました!

今日は、僕の趣味(関心事?)のひとつである「廃墟」の魅力についてニワカファン視点で語ってみようと思います。

廃墟。この2文字の並びはどことなく円熟味を帯びた味わいのある響きに感じられますよね。
オールディーなモノに惹かれる人や、レトロさを心地よく感じる人にとっては至高の趣味なのではないかなと。

もっとも性質上、実地に出向いたりするような勇気のある方はごく一部に限られてくると思うので、そういう意味では単にカメラを趣味にする風景写真フリークとは一線を画すようなディープでアクの強い趣味でもあり、コアになるほどに人を選ぶジャンルな気がします。
個人的にも各スポットに足を運んだことは一度も無く、おそらく今後も自らアクションを起こすことはないでしょう(そもそもリスクが高すぎる)。

この趣味自体、ブログやSNSが興隆するずっと昔のインターネット黎明期(~00年代ごろ?)に全盛を誇っていたようなので、かつてホームページを立ち上げて掲示板で交流していたようなファンの人々も今や音沙汰がないという事例が非常に多い(ホームページも消滅しまくっていますし)。
僕がこの世界を知った頃には既にそういったコミュニティ自体が廃墟と化していた様子です…
それでも未だ現役の老舗サイトさんも少なからず存在するし、SNSに拠点を移して活動されている愛好家の方も沢山いるので、僕個人としてはそのあたりの情報を手掛かりに閲覧しています。

そもそも僕が廃墟に興味を持ったきっかけは何だったのかというと、中学1年生だった2011年の秋頃にサイト巡りをしていて、たまたま「モテル北陸」(日本最古のモーテルと言われている北陸地方所在の廃ホテル)に来訪した方が綴ったブログ記事を閲覧したことでした。
当時は無意識に記事を開いてただ眺めていただけなのでその魅力について言葉で表すことはできなかったのですが、そこから5年以上が経過してから当時を思い出して再びハマることになろうとは、予想だにしなかったです。

「廃墟」という言葉そのものを知ったのは、さらに1年遡って中学受験に向けた勉強の真っ只中だった2010年、国語の題材文として使われた重松清さんの小説『送り火』表題作の文中に「ここの団地も大変だよなあ、こんな廃墟が隣にあるんじゃ」というフレーズが出てきた時でした。

『送り火』は、時代の産物である「ドリーム団地」を舞台に、1人の女性(弥生子)がそこに住む年老いた母親を引き取るための説得をするも母親がはっきりしない態度を取るため反発するが、その晩に見た夢で若かりし日の両親に出逢って大切なものに気付く…までを描いた物語。

その中で廃墟の遊園地である「富士見ドリーム・パーク」(こんな名称だとモチーフが「横浜ドリームランド」だってすぐに分かってしまう…) は、“かつての夢であった過去の遺物” の象徴として昔に亡くなった「お父さん」に投影する役割を持って登場します。
同作は中学入試が終わってすぐにわざわざ文庫本を買って読み漁ったほどでして、今でも大傑作だと感じるフィクションのひとつなので、いずれ書籍感想で改めて記事にしたいな。

そんな衝撃作の記憶が頭の片隅にあったからこそ、ネットサーフィンをしていてたまたま見つけた古びたガラクタの写真に何か感じるものがあったのでしょう。

その時はそれっきりだったけれども、廃墟のブログを発見してから5年経った2016年秋、受験勉強の息抜きにネットを見ていたらどういう訳か「モテル北陸」について書かれた別のサイトに偶然辿り着いたのです。
5年前の中学時代が “懐かしい” と感じられる年齢にもなったので、そこから派生して様々なサイトを訪れてはノスタルジックな風景写真に恍惚とする日々に数年間を費やし、現在に至ります。
しかし今を生きる若者がこんな懐古趣味に浸っていていいんでしょうか…我ながら心配です…



本題に移り、ここからは素人目線での「廃墟」の魅力について語っていきたいと思います。

先述のようにわたくしは自ら行動を起こしてこの目で廃墟を見に行くつもりはないので、サイトやブログで風景写真を眺めるに留まっているのですが、廃墟の醍醐味はなんといっても風景の醸し出す侘び寂びと写真を一目見た時に掻き立てられるさまざまな想像ですよね。
写真を見ているだけでも寂れたオブジェクトのあまりの美しさと郷愁にウットリとしてしまいますが、その場所や建物が長い年月を経て辿ってきた沿革を想像すると、諸行無常とでもいうような滅びゆくものが持つ儚さに何ともいえない切なさを覚えます。

日本における廃墟はバブル期に建てられた、あるいは隆盛を誇った建造物が多く見られるといわれていますが、自分がまだこの世に生を授かっていなかったその時代に思いを馳せて色々想像を膨らませると、胸を抉られるほど切なく、なぜだか無性に懐かしく愛おしい気持ちにもなるのです。

またポップスファンとしては、自分の好きなミュージシャンが生んだ昔の音楽作品を聴きながら写真を眺めるとセンチメンタルさが倍増するので、よりいっそうの感動があります。



ここで、廃墟の種類をざっと挙げていきます。

・廃村
・廃工場
・廃病院
・廃駅/廃線
・廃校
・閉鎖された遊園地、ホテル、リゾート施設
・閉鎖されたショッピングモール、アーケード
・廃寺
・廃炭鉱
・廃道
・廃橋

大きな括りではこんなところでしょうか。
僕は前述のように特にバブル期の遺産にノスタルジーを感じるので、この中だと「閉鎖された遊園地、ホテル、リゾート施設」「閉鎖されたショッピングモール、アーケード」の2つが最も魅力的ですかね。



続いては、さまざまなサイトで写真を見てきた中から特に気に入った廃墟をいくつか紹介します。
固有名詞がバンバン出ますが、ご容赦ください…。
その名も、「ネットで写真を見るだけで目が幸せになる廃墟5選」
浅い廃墟歴の中で、特に印象に残った物件を簡単な解説とともにご紹介します。
遊園地とホテルだけになってしまいましたがw

① 横浜ドリームランド(神奈川県)

言わずと知れた国内廃墟の代表格。
厳密にはもう取り壊されてしまったので廃墟ですらないですが、いろいろなサイトを見ていて特に印象的だったので挙げさせていただきました。
1964年開業、2002年閉園。一言で言い表すならば「人の温もりを感じる昔ながらの遊園地」
開園当時は日本屈指のレジャーランドだったようですが、東京ディズニーランド等の大型テーマパークの開園やバブル崩壊による収益悪化が響き、00年代になってとうとう閉園にまで追い込まれたといいます。
僕は遊園地に頻繁に訪れる少年ではなかったのですが、横浜の地にはとても思い入れがあるし、いくつかのサイトを眺めたりYouTubeで昔の園内の様子や閉園時のドキュメントを見ていくうちになんだかまた遊園地に行きたくなってしまいました。
童心に帰るとはこの事か?笑

② 化女沼レジャーランド(宮城県)

こちらも昔ながらといった趣の遊園地です。1979年開業、2001年閉園。
かつては賑わったようですが、やはりバブル崩壊の影響で経営不振に陥り閉園という結末に。
この廃墟は2020年の段階でまだ取り壊されておらず、2017年に売却されるまではセキュリティシステムを導入して経営者が管理していました。
何と経営者自ら、廃墟ファンのための見学会まで行っていたというのがすごいですよね。
他のどの廃墟に行く勇気がなくとも、ここだけは例外で一度足を踏み入れてみたかったりします。

③ モテル北陸(石川県)

僕が廃墟を好きになったきっかけの廃ホテル。
さっき書いたように、日本最古のモーテルと言われていてユースホステルのような形態で営業していたらしいです。
70年代に廃業したものの、現在は名称を変えてラブホテルとして近所でひっそり営業しているという説もあるようですね。
写真を見る限り、とにかく熟成度が高いです。
草に覆われた外観からして衝撃ですが、原型を留めていない内部の荒れようや朽ち果てた離れのログハウスはもはや廃墟ではなく残骸
初めて目にした廃墟の写真にしてはインパクトが強すぎましたが、それもまた魅力。

④ ホテル小曲園(山梨県)

1952年開業、1994年廃業のホテル。
こちらも既に解体されているので廃墟ですらないですが、印象深いということでラインナップに入れました。
河口湖畔にあり眺めの良さが抜群だったといいますが、建物の安全基準の問題で廃業になったとのこと。
かなり大きなホテルだったようで、パンフレットや昔の写真に残るそんな全盛期の華やかさからの朽ちように僕は心惹かれるのです。

⑤ 摩耶観光ホテル(兵庫県)

なんと戦前の1932年に営業を開始し、80年代に営業を停止した歴史のある廃ホテル。
モテル北陸などとは異なり、廃墟になった今でも昔の面影を残す優雅な佇まいで人気を博しています。
状態が良いばかりかとにかく美しいので、僕が語るよりもぜひ画像検索してその美しさに浸っていただきたい!



ここまでいろいろと紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?
僕の乏しい知識量では伝わるものも多くはないと思いますが、「廃墟」に対して抱いている愛情を改めて文章にすることができて感無量です。
これからも素晴らしい風景にたくさん出逢いたいな。

この記事を読まれた皆さんもぜひ、懐かしい気分に浸ってみてください。
最後まで読んでいただきありがとうございました!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次